月額¥980で見放題!!! 初めての引越しの方にも、引越しベテランの方にも、引越しにまつわる様々な知識・アドバイスをいたします!賃貸物件探しなら高萩でも
初めての引越しの方にも、引越しベテランの方にも、引越しにまつわる様々な知識・アドバイスをいたします!賃貸物件探しなら高萩でも

ヒース・レジャー

伝説的な俳優としての地位を築いたヒース・レジャー

 オーストラリア出身の俳優の中で最も有名だと言い切っても遜色がない俳優こそ、このヒース・アンドリュー・レジャー(Heath Andrew Ledger)です。元々、オーストラリアでのテレビや映画での出演を繰り返していた彼ですが、平成11年に『恋のからさわぎ』でハリウッドデビューを果たし、その後の『ブロークバック・マウンテン』(2005年)の演技が絶賛され26歳の若さでアカデミー主演男優賞にノミネートされます。

 その後も様々な映画に出演し、特にクリストファー・ノーラン監督の映画バットマン三部作の二作目「ダークナイト」にて見事にジョーカー役を演じきり、絶大なる評価を得ながらも、平成20年、睡眠薬等の薬物併用摂取による急性薬物中毒により急逝してしまいました。

 死後、『ダークナイト』(2008年)の演技により、アカデミー助演男優賞を史上4番目の若さ(28 歳)で受賞することとなったのですが、彼の死によって本作Dr,パルナサスの鏡は完全にお蔵入りになる寸前になってしまっていたわけです。しかし、そんななか、三人の名優の参加によって、作品は伝説的なものへとなっていくことになりました。そんな彼の経歴や、出演作品、そしてどんな演技が注目されていたかについて、ここでは詳しく解説していきたいと思います。

カンヌ映画祭出展作品特集

経歴

 西オーストラリア州パースにて生まれ。レーサー兼鉱山エンジニアである父親のキム・レジャーと、フランス語教師の母親のサリー・レジャーとの間に生まれた彼ですが、レジャー家はそもそもスコットランド人とアイルランド人の血を引くパースでは有名な家系で、先祖は「レジャー・エンジニアリング・ファウンドリー」という鋳物工場を経営していました。また、ヒースの曾祖父の名前を冠した団体「サー・フランク・レジャー慈善信託」は、地元の大学に対して、講師を招いたり才能ある学生へ奨学金を支給するために財政援助をしています。そんな彼ですが、10歳の時に地元の劇団に所属し、オーストラリア国内の舞台やテレビに出演していました。平成4年公開の『Clowning Around』に小さい役ながら出演し、その後も、平成8年、オーストラリアのテレビドラマ『Sweat』でレギュラー出演を果たし、更に平成9年公開のオーストラリア映画『ブロックロック』で本格的に映画デビューをすることとなります。

 そして同年、全米放送のテレビシリーズ『Roar』でさらに注目を集める、平成11年公開の『恋のからさわぎ』にてとうとうハリウッドへの進出も果たしたのです。しかし、この恋のから騒ぎの役柄の影響もあってか、アイドル路線の役柄オファーが殺到するようになり、本人はこれをよく思っていなかったため、以降は出演作品を厳選する方針へと展開していきました。その後、平成12年『パトリオット』にメル・ギブソンの息子役として出演し、ルックスだけでなく、才能も伴っているという評価がなされるようになりました。平成13年公開の『チョコレート』では冒頭40分ほどしか出演時間がなかったにもかかわらず、「短いながらも強烈な存在感」との評価を得て、ただのアイドル俳優ではないという事をしっかりと示していっていたと言われています。その後平成13年公開の『ROCK YOU!』でハリウッド作品での初主演を果たし、空前の大ヒットを記録しました。また、平成16年製作、平成17年公開の映画『ブロークバック・マウンテン』においてはイニス・デルマー役として、出演した結果平成17年度の各映画賞を総なめにしました。また、ヒース・レジャー自身も、史上9番目とも言える若さで、アカデミー主演男優賞にノミネートされ、映画芸術科学アカデミーの会員として招待されることとなりました。

洋画大好き!

とうとうジョーカーを演じる

 その後、平成20年の死後に公開された『ダークナイト』においては、主人公であるバットマンの宿敵、ジョーカーを怪演、この配役は映画公開までの間かなり批判が殺到していたものの、公開と同時に大絶賛されるようになり、ジャック・ニコルソンのジョーカーとはまた違ったジョーカー像を創造することに成功したと言われています。そして、この演技がきっかけとなり、アカデミー助演男優賞や、ゴールデングローブ賞 助演男優賞。そして、英国アカデミー賞 助演男優賞等主要映画賞を再び総なめにするのでした。

 彼の死後、撮影中途であったテリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡』に対して、親友のジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウが代役の出演を快諾し、それまでは『ダークナイト』が遺作となると思われていたものの、『Dr.パルナサスの鏡』の製作が続行可能になり、その後、無事に完成し公開されることとなりました。

 そんな彼の死因ですが、どうやら、薬の併用摂取による急性薬物中毒による事故死ということで、平成20年1月22日マンハッタンの自宅アパートにて遺体で発見されました。これに関しては、ダークナイトでの演技があまりにも鬼気迫るものであったことから、「ダークナイトのジョーカー役の役作りが原因で亡くなったのではないか?」という風に一部のファンの間でまことしやかに語られる結果となっています。実際には前年11月頃から不眠症となっていて、「とても疲れているのに二時間程しか眠れない」と映画『ダークナイト』出演に関してのインタビューでも睡眠薬の服用を公言していることから、病をおしての演技が原因だったのではないかというのが、本当のところだと言えるでしょう。またその当時はインフルエンザにもかかっていたといわれております。